できなくなったこと、まだできること
平和な日が1日もない。
介護のしんどさを一人、体験している日々です。
これって私が心療内科に行くべき?と迷う。
心療内科というより
怒りの収め方を教えてくれるところとか、かなあ?
アルツハイマー型認知症の母。
私のことはしっかりわかる。
うるさい娘として正しく認識(笑)
いつでもとてもにこやか。
私さえ怒らなければ、いつもニコニコしている。
だけど、本当に何もできない(涙)
何よりも、
「介護が必要」だなんて
微塵も自覚がないのが腹立たしいのです。
「うるさい!」
「やってくれなんて頼んでない」
私が怒るとすぐにこう言う。
これを毎日浴びせられ
それでもお世話をする。
なんという苦行だ。
毎朝、
「私の怒りのトリガーを引くなよ!」
と念じながら、母の家を訪問する。(隣なんだけど:笑)
着替えは絶対にしない。
もう私にはできないので(本当に怒鳴り合いになるので)
毎朝ヘルパーさんがきてくださり着替えさせてデイサービスへ送り出していただく。
他人だとどうして着替えるんだろうね?
ケラケラ笑いながら楽しそうに行く母。
なんなんだろうねー!!
しかーし、
昨日面白いことがあった。
いかにも母の好みの薄手の白いセーターを買ってあげた。
朝、ヘルパーさんに渡し、着せてもらった。
デイから帰宅し、
普段なら翌朝まで絶対に着替えないのに
なんと、自ら セーターを脱いで、美しく畳んでいる母。
なんで脱ぐの?
と聞くと
「素敵なセーターなんだから。大事に畳んでおく。明日また着ていくの」
とニコニコしている。
はあ?
いつもだって可愛い服を着せているじゃないか。
ああ、でもきっと、肌触りも良く、デザインもとても気に入ったんだねー。
そーかい、そーかい、
気に入ったものはちゃんと脱いで畳むのか〜〜。
と感激した。
でも、脱いだら他の服を着る、という一連の流れはわからないので
下着のままで過ごす。
何か着るよう促すと
どうでもいいような服を選んで被っていた。
つまり、
家ではなんでもいい、
外にはお気に入りを着る、と言うことがわかっているらしい。
だけどね、これがいつもわかるわけじゃないのよね。
明日はもう、何もかもわからない。
だから、私は期待はしない。
今日はたまたま、わかったんだねー、と言う考え方が大事だと学んだ。
今日は、小さな花瓶にお花を入れてね、とお願いしてみた。
3つの形の違う花瓶に分けて入れるよう促す。
もう目がキラキラ!
すっごく楽しそう。
楽しめるだろうとわかっちゃいるけど、
私の方も、毎日こんな優雅なことをさせてあげられる精神状態じゃない。
私のこの冷静な感情はどうせ続かない、
またすぐ怒ってしまうんだ
ってあきらめると
楽しい時間を持つなんて永遠に無理なんじゃないかと思う。
続かなくてもいい。
今日だけ、
いえいえ、たった5分だけ
楽しませてあげる時間を持てたら、それでいいのだ。
老い先短い母の残りの時間の中で
5分楽しませてあげられれば、介護者合格だよー!
と、自分を褒めてあげました(笑)
母は、1本700円もするバラがものすごーく気に入った様子。
そして自分のアレンジが素晴らしいと絶賛し、
10分以上も繰り返し同じことを言いながらニコニコ花を見つめていた。
「まあ可愛い!うれしい。すごく綺麗に飾れた!どこからみても素敵!」
(どんだけ自画自賛なんだ・・・)笑
「しいちゃんちにも1個あげましょうね」と言って、
私には安い方のガーベラをくれた。
全部私が買ってきたんですけどね!!
よかったねー、楽しい土曜日を過ごせました。
持ち帰った私のガーベラはこちら。↓
なんか私にくれたのは少なくない?
ご自分の方はバラやカーネーションも入っているのにねえ。笑笑笑
でも、
いつもいつも、昔から
自分のことは二の次で、私に最善のものを与えてくれていた母を思い出す。
きっとこれも何かの思いやりなんだろうな、と眺める。
一番大きいとか?一番色が派手とか かなあ??(笑)




