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品川の古墳

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  品川にも古墳があったのです。 半世紀も住んでいて、まったく知らなかった。母に聞いても、「うそ~!」とのことでしたので、まあ知らなくても普通のようだ。 この大井公園近辺に、いくつか古墳が存在していたらしい。 大井公園を隅々まで何週も歩いてみたけど、ここに古墳がある表示・看板などは一切ないのだ。だから、誰も知らないのではないか?または近所の人は当然のこととしてご存知なんだろうか? 古墳だと言われてみれば、 限りなく古墳に見える。 いや、むしろ古墳にしか見えなくなる(笑) 最初、公園全体が古墳だと思っていたのだ。 なんせ、私の古墳のイメージって堺の仁徳天皇陵しかない(世界遺産じゃないか(笑)) しかし・・・何も記載がないしなあ。。 頂上のこの盛り上がった部分だけが?? 古墳なんだろうか? という不安に襲われ(無知の不安(笑)) 帰宅後、いろいろネット検索してみたが、文責のある記事はまったく見つけられない。 ちゃんとした文献を探してみたが これのみ。。。 でも、これなら素人の私にも理解しやすい解説なので、良かった。 2005年10月 品川歴史館で開催された特別展 「東京の古墳」-品川にも古墳があった- パンフレット。 発行:品川区教育委員会 この本に掲載されている古墳分布図をよく見ると、 なんと! 現在のグーグルマップ上の案内とは違う。 (濃い黒字は中嶋が記載)鮫洲駅前の地図。 グーグルマップに、「大井公園内古墳」って書いてあるので 私もすっかり大井公園の、先ほどの写真などが すべて古墳の一部だと思ったのだが そもそも、場所が違うではないか・・・ 結論から言うと、 現在品川には古墳は現存していない。 部分的にも見ることはできません。 しかし、ロマンあふれるお話があります。 前述の資料を読むと 情熱をもって発掘した高校生の少年の記録がとても素晴らしく 品川にもシュリーマンがいたんだ・・・と感動しました。 地図に記した2つの古墳について まとめておく。 【大井林町2号墳について】   ・昭和21年~28年 後に徳川へ婿養子となる 徳川義宣 氏・旧姓 堀田正祥 氏(13才~20才) 旧伊達邸(地図の大井林町1号墳あたり)に住んでいた。 庭から縄文土器、貝のほか、埴輪が出土するので掘っていた。 ・昭和22年頃 伊達邸の裏庭に隣接していた山内家(旧土佐藩)の墓所内の小さな...

鮫洲探索

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  品川区の海側 家からだと3kmくらい。 鮫洲駅前の鮫洲八幡神社 梅が可愛い 漁師町だった鮫洲。 大漁祈願や船の安全を願った海中祭りが行われていたそうな。 家からそんなに遠くはないのだけど 海の方はまったく、行かない。 でも、鮫洲は、、、、そーだよねえ 以前は都民の運転試験場!は鮫洲にしかなかったから、私も何度か来てるはず。 今は免許書き換えは都庁に行くけど。 なつかしい駅前の運転免許証書換手続き代行所! 記憶がよみがえる。 この脇の道を入ったところに、鮫洲八幡神社があったのだ。 知らなかったわ~~ さて、 鮫洲駅からすぐの、旧東海道を歩く。 漁師町の雰囲気というより、 川越の蔵造の街並みにありそうなお家を発見。 ステキだあ。 はさまってる感じが イイ。 涙橋です。 立会川に架かっています。 この先にある鈴ヶ森刑場に送られる人を 見送れる最後の場所だったと言われてます。 鈴ヶ森刑場まで行ったのですが 首洗いの井戸や慰霊碑を前に まったく写真を撮る気持ちになれず・・・ 手を合わせて帰路に。 旧東海道は楽しい。 宿場町・漁師町の品川らしさがたくさん残っている。 ちょっと脇道が見えると、行ってみたくなる。 突然、大砲があったりするけど(笑) こんなものでペリーに勝てると思ってたんだろうか・・・ 品川って、品を運ぶ川、なんだろーねー 東京湾、目黒川、立会川、勝島運河 合わせて品川? なんだか境目がどこもわからぬ。 この運河沿いは桜と菜の花が綺麗だそうだ。 (来たことがない!!)今年は来てみようかな。 ◾️トップページに戻る